父が亡くなり小学3年生で新しい学校に転校をした。すぐに新しい環境にも馴染み友人も出来て、周りから見たら立ち直ったように見えていたと思う。私自身も父のことを思い出す事もなく、小学生時代は辛いと思う事もなく毎日を過ごしていた。
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2.亡くなった父の話が出来なかった小学生時代:子供の心に寄り添うという事
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父の死から5年。中学生になってから、父が亡くなった時の悲しみを思い出してしまう出来事が起こった。まだ13歳だった私は自分で正しい対処が出来ず、(私の気持ちを分かる人間なんて1人もいない)と感じ、心を開くことが難しくなった。私の人生で1番孤独な時期だったと思う。
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同級生の父親が亡くなり、学校に通う事が出来なくなった
中学1年生の途中、同級生の父親が亡くなってしまった。皆同情をし、その子を気遣った。
私は自分の父が亡くなっている事を学校では黙っていたので「死」という話題にふれたくなくて、拘わらない様にしていた。その為、私が冷たい人間に見えたのだろう。クラスメイトの女の子に帰宅時、「思いやりが無くて冷たい人なんだね。」と言われてしまった。
父の死から人前で泣いた事はなかったけれど、その時は声を出して泣いた。住宅街、道端で泣いた。我慢が出来なかった。急いで家に帰って顔を洗って、母に泣いた事がばれない様に自分の部屋にこもった。
そのまま次の日から学校に行かなくなった。母は学校に行きたくない理由を教えてと言ってきたが、事実を話したらどんな反応をするのか分からず、怖くて話す事が出来ずにいた。
自分自身が何が嫌で、何が辛くて、なんで悲しいのかも分からなくて、とても辛い時期だった。
父を無くして5年後:中学生になった時の苦しみ
中学生にもなると親から独立して自分の仲間を見つけ出し、皆と同じことが良いと思う子が多くなる。
同調圧力が強くなり、自分と相手の考えが違う事が許せなかったり、仲間から外れないように相手に自分の気持ちを合わせたり、自分の居場所を誰もが模索する年代なのではないかと思う。
自分の気持ちを表現できず、誤解されたことを辛く感じていた
そんな時期に「父親が亡くなった人には同情をし、特別扱いをするべきだ。」という考え方の子にとって、私は冷酷な人間に見えたのだろう。”自分の正しい”をぶつける事が正義だと思い、私に注意をしたくなったのだと思う。
私は思いやりが無く、冷たい人間だと誤解をされた事をとても辛く感じた。
目で見えている部分だけが私ではない。父親が亡くなる辛さを思い出し胸を痛めていたし、父親が亡くなって苦しんでいるのに頑張って学校に通っている同級生に共感し、寄り添いたかったのが本音だ。
それでも今更「私も父が亡くなっている。」ともいえず、小学生の時についた嘘にずっと苦しめられていた。
大人になった今なら自分の気持ちと事情を上手く伝える事が出来るが、中学生の私には難しく、嘘をつき続けるしかなかった。それでも13歳が外で声を出して大泣きしたので、本当の事を言えない苦しさが爆発したのだろうと思う。
私は、
父が亡くなって辛かった。ずっと寂しかった。
思いやりが無く、冷たい人間だと思われて悲しかった。
自分の本音を話せる人間が世の中に1人もいなくて、凄く孤独だった。
母に相談が出来なかった理由
母から何度も学校に行かない理由を聞かれたが、何も話さなかった。話せなかった。
一度伝えようとした時に、話の途中で私が言いたい事を先回りして「誰かに虐められているのね?」と見当違いな事を言い出した時があった。どう話そうか考えている時にも「こういうこと?それとも、こういうこと?」と急かされる事も多く、上手く伝えることが難しかった。結果、母には私の気持ちは理解できないだろうと考え、話す事を諦めた。
母は当時パートを掛け持ちしていたし、子供の為とPTA役員や地域の行事など積極的に参加をしていた。父の死から目を背ける様に、あえて忙しくしていたようにも思う。そんな状況で自宅では疲れきった母に話が出来る訳もなかった。
母は「私は1人でも、両親揃っている家よりも頑張っている。」とよく言っていた。たぶん彼女なりのプライドだったのだと思う。誰も助けてくれないことで他人が敵に見え、家の中に目を向けるのではなく他人の評価を気にし過ぎていたのかもしれないと今は思う。
タイムマシーンがあり今の私が当時の母に会えたなら「そんなに頑張らなくていいよ。他の人に甘えて、子供と話す時間を取った方が良い。」と伝えてあげたいと考える事がある。私も孤独だったが、母も孤独で、正しい助言をしてくれる人がいなかったのだ。
まとめ:子供は大人が思っている以上に繊細で色んな事を考えている
今回の問題は、大きく分けて2つ。
①家族で対話をする時間が少なかった事。②転校時に正直に父が亡くなっていると言わず、嘘をついた事。
問題1:家族で対話をする時間が少なかった事
これは本当に難しい問題だと思う。単純に両親が揃っている家は大人が2人存在し、シングル家庭は大人は1人。1人でお金を稼ぎ家事もこなし、子供と一緒にいる時間も作らなければいけない。
共働き世帯が多く皆忙しいとはいっても、家庭に大人が2人いるのと1人いるのとでは全く違う。家の場合は母1人だったので、私と弟は頼れるのは母のみ。母が全部の事をこなそうと頑張り過ぎると、しわ寄せがくるのは子供。母がパンクすると、子供は頼る事が出来なってしまうのだ。
私の母以外でも人に頼る事が苦手な人間は一定数いて、外では笑顔の仮面をつけて、壊れるまで頑張ってしまう人もいる。もしも自分の周りに、頼る場所がないシングルの家族がいたら気にかけて欲しい。何か違和感を感じたら「頑張り過ぎているから、少しセーブした方が良い」と一言伝えて欲しい。(なにかあったら頼れる人がいる)と気づかせてあげて欲しい。
物質的、現実的な援助が出来なくとも、自分の味方だと思える人がいると感じるだけで、人は少し強く慣れる。少しだけ心に余裕が出来る。
心に余裕が出来れば、子供と対話が出来る時間も増えてくる。大切な人の心のお守りになる=その人の家族、子供の為になると私は思っている。
問題2:大人の事情に子供を巻き込んで欲しくない理由
私の母と祖母は、時代背景と思い込みから、父親がいないと虐められるかもしれないと考えたようで「父が亡くなった事は新しい学校ではいわない方が良い」と言った。8歳の私は言われた通り「父は仕事で遠くにいる」と嘘をついた。公立の中学に進学したので顔ぶれは小学校のメンバーも多く、中学生になっても嘘を重ね続けた。
今思えば、小学生にとっては友達の父親なんてどうでもいい事だ。気にしなくてもいいと思う人もいるかもしれないが、当時の私は嘘をついた事実がとても苦しかった。
大人が嘘をつくときは全て自身の責任である。子供に嘘をつかせた場合、その先の責任を取るのは嘘をつかせた大人ではなく子供自身だ。
嘘をつかなくてはいけない理由を話されても子供は理解が出来ない。学校では「嘘をついてはいけません」と習うのに、親に嘘をつきなさいと言われ頭が混乱する。1度でも嘘をつくと本音を話せる人がいなくなり、悪い連鎖が続く。
親の意思で子供に嘘をつかせるという事は、子供に罪悪感を埋め込み、心開ける場所を奪っているということ。家族の秘密を守る代わりに、子供自身を傷つけているということを理解してほしい。
ちなみに、数年前に母に「父が亡くなっている事を話してはいけない」と言われた時の話をしたら「私そんなこと言った?覚えていない。おばあちゃんじゃない?」と言われてしまった。もしかしたら祖母なのかもしれないが、記憶が古くて思い出せないし、もう母でも祖母でもどちらでもいい。ただ改めて思った。自分の言葉に責任を持たず、その時の感情で言葉を発する事は罪な事だと。
子供だけではなく、人は人の言葉1つで人生が良くも悪くも変わる。言葉は吐いたら呑み込めない。家族でも友人でも、どれだけ近い関係だとしても自分の言葉が相手にどう影響するのかを理解して、感情的にならず言葉を発する事が人を思いやる事だと思う。
私は、自分の言葉に責任を持てる人間でいたい。